電子書籍シリーズ「秀吉伝説集成」 内容一覧

 

 

 

『秀吉と翼の犬の伝説』

 

まえがき

秀吉神話として羽犬伝説を考える

 

第一部 羽犬伝説

 

翼をもつ犬

鋳物師の由緒書き

なぜか実在する羽犬の墓

田中吉政──筑後三十二万石の大名

元禄時代の「羽犬」の古文書

古代山城の風景

神籠石の山に宿営

そこは北部九州最大の古墳群

石の兵士の守る前方後円墳のそばで

近江・高島──継体天皇と田中吉政は同郷という謎

〝ミニ秀吉〟田中吉政

羽犬塚地名についての歴史学的考証

 

 

第二部 黄金アイランド 九州

 

グリフィン──黄金を守る翼のある獅子

桃太郎のモデルは豊臣秀吉という説

火山の王国・薩摩は金山の宝庫

羽犬塚は金鉱石の集積地だった

星野氏は黄金の探索者

筑後国にイエズス会の教会があったころ

黄金商人・田中清六

金属を探す犬

柳田国男の「黄金小犬」伝説

グリフィンの二つの役割と二つの羽犬伝説

黄金を探す秀吉

「桃太郎=秀吉」説に沿って、羽犬伝説を考えてみると

薩摩の金山伝承と豊臣一族

 

第三部  秀吉九州遠征の史実

 

島津軍の北上と筑前岩屋城の戦い

高良山吉見岳城にて

献茶の記憶と太閤道の痕跡

 

第四部  羽犬伝説 資料編

 

六所大権現縁起(下之巻)

羽犬塚の地名考証

羽犬塚のいわれ

羽の生えた犬はいたか?

秀吉と金銀の鉱山

 

 

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『尾張中村日の宮伝説 大坂夏の陣のあと、秀吉のふるさとは消滅した

 

 

第一話 豊臣が滅び、日の宮が消えた

 

日吉丸と日の宮神社

尾張藩の弾圧

秀吉の娘の子?

 

第二話 蜂須賀村と中村

 

秀吉は密通の子という奇説

さまよえる出世天満宮

蜂須賀小六

 

第三話 大坂夏の陣のあと、中中村が消えた

 

中中村の実在論争

忘却された光明寺

二つの生誕地

 

第四話  尾張中村──秀吉を育てた風土と歴史

 

日の宮は天満宮だったのか

ものづくりと商業の風土

横地清の著作より

 

編者によるあとがき

 

横地清の秀吉論の視点

大野の鍛冶集団と黒鍬

 

 

 

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『古墳と秀吉 ── 大坂城=前方後円墳説」からの探究

 

 

序章

 

大坂城は前方後円墳の跡に築かれた?

「上町・天王寺古墳群」の中にある大坂城

土師氏──古墳をつくった古代の技能者集団

 

第一章 母なる記憶──古墳と土器づくりの町

 

巨大な円墳の風景

やきもの産地としての御器所

秀吉母子が参詣していた稲荷社は小さな古墳

秀吉は大坂城の石を古墳群から運んできた

三大稲荷──瓢箪山稲荷神社の謎

 

第二章  豊臣一族と土師氏

 

豊臣秀長の妻は土師氏

土師氏のふるさと

前田利家──もう一人の羽柴筑前守

小早川隆景──五大老のうち三人が土師系

高台寺の古墳と天満宮

おねの先祖の地には野見宿禰の墓?

 

第三章  天満宮との奇縁

 

秀吉は大宰府復興の立役者

秀吉の天満宮めぐり

北野天満宮の大茶会

豊国神社と野見宿禰

御土居の謎

上宮天満宮と山崎の戦い

古墳と天満宮

大坂城周辺に残存する土師氏の記憶

 

第四章 古墳と古代山城

 

秀吉は大宰府を守る古代山城を訪れた?

誰が古代の城塞都市を造ったのか

秀吉が滞在した神籠石の城

おねのルーツ龍野にも古代山城

城石垣のルーツは古墳にある

「き」は城であり、墓でもある

木下は古墳の名字かもしれない

 

第五章  水をコントロールする秀吉

 

戦国時代の城となった前方後円墳

秀吉の城は「水の城」

大宰府の「水城」と京都の「御土居」

なぜ、秀吉は土木史の偉人になれたのか

仁徳天皇陵で狩りをする秀吉

 

第六章  水の王──秀吉と仁徳天皇

 

お城の下は〈石の山〉

大坂城は仁徳天皇の〝城〟だったのか

淀川治水の神話と史実

仁徳天皇の〝城〟は土師氏がつくった

秀吉と仁徳天皇は淀川の堤で交差する

千成瓢箪は〈水の王〉のシンボルか

 

終章

 

豊臣一族の墓標としての大阪城

古墳、古代山城、大坂城

太閤検地と古墳づくりの現場

 

 

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『豊臣秀吉の系図学 ── 近江、鍛冶、渡来人をめぐって

 

 

編者によるまえがき

 

国立国会図書館の所蔵庫から

秀吉の幼なじみは刀鍛冶?

古代の視点から戦国時代を考える

インターネットと系図

 

第一章 母方系図──渡来の残照

 

その出づる所を知らず

父親の不在

農民、鍛冶、神官

鍛冶系図

四姉妹

謎多き『諸系譜』

ルーツは渡来人か

三池典太

奇妙なご落胤伝説

 

第二章  父方系図──近江の血脈

 

実の父は誰?

謎の弥右衛門

近江から尾張へ

秀吉の先祖は浅井氏と同族?

系譜仮冒にご用心

『中興武家諸系図』

小谷城と丁野

鍛冶屋奉公の伝説

刀祖天国と母方先祖の地

越の国へと続く道

 

インタビュー1 なぜ秀吉は鍛冶屋の神になったのか

 

第三章 加藤清正系図──刀工、陶工それとも貴族の末裔

 

姉妹かイトコか

鍛冶の系図

藤原道長の子孫?

陶工加藤氏の系図

明智氏につながる系図も

家紋が示唆するもの

鍛冶と大工は裏表

 

第四章  青木氏系図──鉄鉱石の山のふもとで

 

二人の大名

紀伊守秀以

甲賀五十三家

青木氏の名刀伝説

美濃赤坂の鉄鉱石

家康は秀吉母方の遠戚?

 

インタビュー2 福井県で継承された秀吉母方の系譜

 

第五章  正妻おねの系図──美濃から尾張へ

 

おねと秀吉は結婚前から親戚?

木下苗字の謎

江戸時代の豊臣氏

「某」と記されている父親

日出藩史料を見る

本姓と苗字

地域伝承から発想する

揖斐川をくだって

鉄鉱石の山の北側

 

インタビュー3 虚空蔵菩薩は宇宙と鉄の山をつないでいるのか

 

第六章  竹中氏、浅野氏系図──美濃の人脈

 

竹中氏も美濃赤坂の住人か

九州から美濃への移住説

古代美濃の国府

宇佐八幡宮と刀鍛冶

おねのもうひとつの実家

浅野長政と浅井長政

善滋氏についての個人的な記憶

 

第七章  側室成田氏の系図──関東古代氏族の末裔

 

血統と家系

美貌の女武者

秀吉に仕えた塙保己一の先祖

「のぼう様」と成田系図

秀頼の戒名

『太閤素生記』と成田氏

埼玉古墳群そして古代の秩父

 

第八章  木下氏系図──秀吉の苗字を考える

 

奇説、珍説

佐々木流・高島一族の木下氏

織田一族の木下氏

竹阿弥の木下系図

木下半介吉隆の一族

隣接する秀吉・おねの先祖伝承地

美濃から近江へ

 

インタビュー4 織田信長と古代の技術者集団

 

第九章  鈴木真年と秀吉──知られざる学統

 

明治時代の国学者

幻の木下系図

栗原信充の系図

 

第十章  鉄の記憶──古代と戦国時代を結ぶもの

結節点としての美濃赤坂

近江の古代製鉄

なぜ、名古屋に秀吉の親類は少ないのか

坂上田村麻呂と秀吉

 

 

豊臣秀吉の系譜研究のためのブックガイド 

 

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『黒田官兵衛目薬伝説──目の神、鉄の神、足なえの神

 

編者によるまえがき

黒田一族をはぐくんだ歴史的風土

目薬伝説を考える

零落の一族を救った家伝の目薬

黒田家秘伝の目薬と盲目の妹

渡来文化のなかで

山本勘助~もうひとりの足なえの軍師

足なえの神に奉られた謎の鉄鉱石

関連資料を読む

目薬伝説の背景に見え隠れする古代信仰

 

第一章  戦国時代と眼科医学

 

なぜ、尾張は眼科医学の先進地だったのか

眼球鉄症

信仰と医療のあいだ

ヘボン博士の目薬

関連資料を読む

鉄の神は眼病の神

播磨の信仰としての一つ目の神

 

第二章  鉄の地名としての黒田

 

きわめて個人的な研究

備前黒田氏の系図に書かれた官兵衛の「兄」

地名から探る歴史的風土──鉄の国としての備前

福岡、黒田は鉄地名

刀工と一つ目の神

浦上氏と黒田氏

関連資料を読む

近江から備前へ

出雲の黒田は製鉄神の聖地

 

第三章 兵主神社に祈った官兵衛と秀吉

 

失われた中世史料

黒田庄町に伝わる系図──赤松支族としての黒田氏

兵主神社と官兵衛

関連資料を読む

〈兵主〉とは鉄の古語か

別所も鉄の古語?

第四章  一つ目の神の復活

九州から来た女神

戦国時代に復活した一つ目の神

山を管理する一族

『播磨国風土記』のなかの黒田一族

関連資料を読む

渡来人、金属文化、古代の豪族黒田別

 

第五章  戦う鋳物師集団

 

武家商人の一族

官兵衛からの手紙

埼玉県で見た広峯神社奉納刀

関連資料を読む

黒田苗字の鋳物師、鍛冶師、金物商人

 

第六章  広峯神社と一つ目の神の系譜

 

系図研究から見た広峯氏

黒田と赤松

豪商鴻池の系図──黒田氏の支流としての山中氏

備前国における黒田氏の系譜

関連資料を読む

山中鹿介と出雲のタタラ経営者

酒の文化との接点

 

第七章  鉄のフォークロア

 

近江黒田に見える古代製鉄の残照

もうひとつの長者伝説

一つ目のカエルは一つ目の金属神とかかわるか

「黒田節」を聖なる槍の物語として読み解く

バサラ大名は「鉄の王」なのか

ヤマトタケルと官兵衛~足なえの英雄伝説として

[関連資料を読む]

佐々木と金属

 

第八章  目薬の村の記憶

 

福岡藩の目薬はキリシタンの秘伝?

目薬伝説をどう考えるべきか

 

編者によるあとがき──秀吉の軍師をめぐる不思議な話

 

 

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『秀吉と翼の犬の伝説』

 

 

羽犬塚」という町が福岡県筑後市の中心部にあります。この地名の発祥をめぐって、豊臣秀吉と「羽犬」すなわち翼のある犬の伝説が語られています。

 

薩摩国の島津「氏を攻めるため、九州に遠征した際、秀吉は一匹の愛犬をともなっていた。その犬は鳥のような翼をもつ世にも珍しい犬であったが、この地で死んでしまう。秀吉はその死を悼み、塚をつくるよう命じた。羽犬を葬った塚があることにより、この土地を「羽犬塚」と呼ぶようになった──というのが伝説の内容です。異伝もあって、そちらでは羽根のある獰猛な犬が、秀吉の軍勢を妨げたという話になっています。この伝説の背景には秀吉という天下人がこの地に往来したことを顕彰し、地域の記憶にとどめようとする意志があるようにみえます。

 

第一部では羽犬伝説の舞台である福岡県筑後地方の歴史と風土のなかで羽犬伝説を考えています。九州北部では最大の古墳群である八女古墳群、神籠石とともに名高い高良山の古代山城などを、羽犬伝説の背景として検討しています。

 

羽犬は、翼のある獅子(ライオン)であるグリフォンは羽犬とよく似た形態をもっています。第二部では、黄金を発見しそれを守護すると信じられたグリフォン神話を糸口として、羽犬伝説のバックグラウンドを考えてみます。というのも、羽犬伝説のある筑後地方には星野金山をはじめとする金鉱山があるからです。秀吉の軍勢が向かった薩摩国(鹿児島県)は日本列島で最も金を産出したエリアです。

 

第三部は羽犬伝説と不可分の関係にある秀吉の九州遠征についての史実を、地元の歴史家の佐々木四十臣氏が執筆しました。第四部では羽犬伝説にかかわる資料を、江戸時代の文献から現代の自治体資料に至るまでまとめています。

 

 

 

『尾張中村日の宮伝説 ── 大坂夏の陣のあと、秀吉のふるさとは消滅した』

 

 

 

大河ドラマ「真田丸」の背景となっている大坂夏の陣にまつわる裏話がテーマです。一六一五年夏、徳川氏以下の大軍勢に攻め込まれて大坂城は陥落、ここに豊臣氏は滅亡しましたが、この大坂夏の陣の戦いのあと、豊臣秀吉が生まれ育った尾張国の「中中村」という村名が消滅しているのです。

 

村名が消されただけではなく、秀吉の産土とされる日の宮神社が丸ごと破却された形跡もあると、名古屋在住の郷土史家、横地清さんは主張しました。日の宮神社のほかにも、秀吉にゆかりのある神社、寺などがことごとく尾張中村から移転させられ、それを免れた寺社も秀吉ゆかりの文物を奪われ、規模縮小を余儀なくされたというのです。

 

大坂夏の陣で豊臣氏が滅亡したあと、幕府権力は、尾張中村から秀吉にかかわる「記憶」をことごとく消し去った──。徳川幕府の隠された罪への〝告発〟が本作品の基調となっています。いったん消去された記憶の復元はきわめて困難で、その混乱は現在にまで及んでいることが明らかにされています。

 

 

 

 

『古墳と秀吉 ── 大坂城=前方後円墳説」からの探究

 

 

大坂城は前方後円墳の跡地に造営されたという「大坂城=前方後円墳説」は京都大学教授だった藤枝晃氏が提唱したものです。この説を端緒として、秀吉の一族が、古代の土木技術者の末裔である可能性を考えます。

 

古墳と秀吉をめぐる探訪をとおして、次の三つのアイデアを示しています。

 

前方後円墳など巨大古墳の造営をとおして蓄積された技術は、古代山城の造営に継承されたのではないか。

 

古代山城の造営において達成された技術は、信長、秀吉以降の巨大城郭の築城に継承されたのではないか。

 

秀吉とその一族はそうした古代技術を継承しているのではないか。

 

 

古墳古代山城大坂城という技術伝承が、歴史的な事実として本当に起きたことなのかどうかという問題設定です。こうした検討を踏まえて、大坂にあったとされる仁徳天皇の王宮が秀吉の大坂城の前身である可能性についても考えています。

 

 

 

『豊臣秀吉の系図学 ── 近江、鍛冶、渡来人をめぐって

 

明治時代の国学者たちが編んだ系図集『諸系譜』(国立国会図書館所蔵)所収の「太閤母公系」によると、豊臣秀吉の母方先祖は応神天皇治下の五世紀ごろ、日本列島に移り住んだ渡来系氏族の佐波多村主で、代々の刀鍛冶であったといいます。系図研究の第一人者・宝賀寿男(日本家系図学会会長、家系研究協議会会長)と秀吉をテーマとする出版社桃山堂が提携、「太閤母公系」を手掛かりとして、豊臣一族の系譜を徹底検証しました。古代と戦国時代をつなぐ長い時間軸の中で、「鉄」をめぐって織りなされる豊臣一族の謎を考えています。

 

秀吉の母方、父方に加え、秀吉のイトコとされる加藤清正、青木秀以、正妻おね(杉原氏)、浅野長政、竹中半兵衛についても、種々の系図を紹介し、その系譜を探っています。『新撰姓氏録』『尊卑分脈』『寛政重修諸家譜』など公的な系譜史料のほか、『諸系譜』『中興武家諸系図』『改選諸家系譜』など一般にはあまり知られていない系図集や江戸時代の地誌、随筆からも一族にかかわる所伝を拾い集めています。

 

秀吉にかかわる系図や伝承を徹底調査した結果、いくつかの傾向が確認できました。父方については、ほぼすべての系図が秀吉のルーツを近江国浅井郡(滋賀県長浜市内)に求めていることです。母方では、血縁者とされる加藤清正、青木秀以をふくめて、鍛冶や「鉄」にかかわる所伝が目に付きます。一族の多くが美濃国(岐阜県南部)に先祖の地をもっており、中でも滋賀県との県境に近い大垣市赤坂町の周辺に先祖の居住地が集中しています。赤坂には、中断をはさみつつも古代から近現代まで採掘されていた鉄鉱石の山、金生山があり、美濃の刀工集団の一大拠点でした。

 

 

『黒田官兵衛目薬伝説 ── 目の神、鉄の神、足なえの神

 

黒田官兵衛の一族は各地を流浪し、住む家もない貧窮の底にあったが、家伝の目薬によって財をなし、その後の飛躍につながる土台をつくった──。大河ドラマ『軍師官兵衛』によって、姫路市の広峯神社を舞台とする黒田家の目薬商いはすっかり有名になりましたが、これが史実かどうかについては賛否両論があります。この話をはじめ官兵衛の所伝には虚実不明の話が多いのですが、眼科医学史、金属考古学、民俗学、地名研究、系図研究など各分野の専門家が伝説の背景から、黒田官兵衛を生んだ歴史的風土とは何かを考えています。

 

そのひとつは、播磨国における鉄をはじめとする金属の文化です。地名研究者からは、黒田は「鉄」にかかわる地名であり、その居住地を苗字とした一族が黒田氏であるという見解が示されています。黒田氏と鉄の文化とのかかわりを検討することは、本書の柱のひとつです。

 

黒田家の目薬伝説を信仰という切り口からも探ってみました。

「目」の信仰は「鉄」の文化とかかわり、一つ目で足なえ(片足)の金属神が鍛冶に信仰されていました。この信仰を踏まえると、目薬伝説と官兵衛が足なえと伝わることは関係あるようにも見えます。古代の金属神である一つ目の神は中世において忘却された存在でしたが、戦国時代、金属への需要の拡大を背景として再び、信仰の対象として復活したといいます。没落していた一族の復活を記す黒田一族の目薬伝説と共通する要素があります。

 

官兵衛は有岡城幽閉のあと、足を傷め、歩行が不自由になったといわれていますが、これが史実かどうかもはっきりしません。武田信玄の軍師・山本勘助も官兵衛と同じく、「大河ドラマ」の主役でしたが、二人には足なえの軍師という共通点があります。死の直前のヤマトタケルも歩行不自由者です。足なえの英雄、足なえの神としての官兵衛も本書の検討対象です。

 

本書は8人の専門家による語り起こしの論考集です。「目」と「鉄」をキーワードとして、ふだんあまり耳にしない黒田一族にまつわる話を集めました。このほかの話題は以下のとおりです。

 

広峯神社の宮司家(広峯氏)の遠祖は、一つ目の金属神を祀っていた/黒田氏の祖地(兵庫、岡山、滋賀)にはそろって一つ目の神が鎮座/民謡「黒田節」を民俗学的に分析し、聖なる槍の物語として読み解く/山中鹿介と黒田官兵衛は血縁者かもしれない?/豪商鴻池系図の謎。