スサノオが火山ならば、太陽を隠すことができたかもしれない。

ブログ「火山と古事記」①

スサノオは火山の神である──という議論には七十年以上の歴史があるが、一種のオカルト学説とみなされたのか、古事記関係の研究者からは相手にされていなかった。東日本大震災のあと、地震や火山にかかわる神話への注目が増し、興味をもつ人が増えているようだ。ワノフスキーはこの説の最初の提唱者ではないが、この問題について、最も深く思考し、ユニークな解釈をしている。

 

 

写真はBBC NEWSサイト"How volcanoes have shaped history"より。この記事は1991年のフィリピン・ルソン島のピナツボ火山の噴火をとりあげ、巨大な火山噴火が太陽光線をさえぎり、地球的な規模の気温低下をもたらす現象を解説している。

 

 

 

スサノオの大暴れと噴火現象の比較

 

『火山と日本の神話──亡命ロシア人ワノフスキーの古事記論』を編集する過程で、火山、神話にまつわる面白い話を聞いたり、読んだりしたのですが、書籍に盛り込めなかったネタがずいぶんとあります。桃山堂ウェブサイト内のブログ「火山と古事記」では、そうした話をすこしずつ紹介してみます。広告ブログのようなものですが、書籍との重複は最小限として、目新しい話題を提供できればとおもいます。ブログの筆者は『火山と日本の神話』を制作した桃山堂の編者です。

 

さて、第一回は、ワノフスキーの火山神話論の本丸、スサノオについてです。

 

 スサノオ=火山説を言い出したのは、物理学者であり、有名な随筆家でもる寺田寅彦であるようですが、ワノフスキーもその先駆者のひとりです。そして、スサノオの火山的性格についての、最も詳細な議論は、ワノフスキーの著書『火山と太陽』で展開されています。

 

岩戸隠れという有名な神話があります。アマテラスの領国である天上世界で、スサノオが大暴れして、田んぼの畦を壊したり、御殿にウンコをしたりする場面です。スサノオのあまりの乱暴狼藉に、ブチ切れるアマテラス。太陽の女神が、岩の穴に隠れてしまい、世界は永遠の夜のような暗黒につつまれる。困った神々はあれこれと策を弄して、アマテラスを岩穴から引き出し、ようやく世界は明るくなった──という結末です。古事記、日本書紀などにかかれた神話のなかでも最も有名な話で、ひとつのクライマックスとされています。

 

ワノフスキーは、この神話におけるスサノオを、火山の巨大な噴火として解釈しています。ものすごい噴煙が空を覆い、太陽を隠してしまうほどの噴火を目撃した古代人の記憶が、この神話のいちばん深いところにあるというのです。火山の神スサノオと太陽の神アマテラスの闘争として、古事記神話を読みすすめ、第二次世界大戦の戦時下の東京で、「火山と太陽──古事記神話の新解釈」と題する論文にまとめています。この論文をメインとする『火山と太陽』という書籍が刊行されたのは1955年のことでした。

 

ワノフスキーが火山の噴火現象と岩戸隠れ神話におけるスサノオのふるまいを比較した記述を「火山と太陽」から引用してみます。

 

〈典型的な噴火の光景〉

 

1 大量の水が、炎々と燃えさかる噴火口の亀裂の中に落ち込みながら、噴出を呼び起こし、噴出物が雨のように地上へ流出する。これは火山の「涙」である。しかし涙を作った水は蒸気となって散らばり、洪水を起こしていない。反対に火山の「涕泣」は絶えず次々と周囲の水を乾燥させている。

 

2 火山の火の「涙」は周囲にあるすべての植物を焼き焦がす。

 

3 轟(とどろ)き、荒れ狂う火山上では、蠅の群のように、灼熱せる大量の噴出物が火災と様々な不幸を呼び起こしつつ漂う。

 

4 爆発と地震が始まる。煙、灰その他の噴出物の、巨大な柱が天上高く舞い上がる。

 

5 煙の渦巻きと大量の灰が明るい空を汚し、太陽の光を曇らせる。天日のために暗く、昼が夜のようになる。

 

6 火山は闇黒の中で鳴り響いている。火口からは灼熱した石が飛び出し、熔岩が流出し、様々な不幸が起こる。

 

7 噴火はその極点に達すると、静まり始め、太陽の光線は煙雲を通してもれてくる。

 

8 噴火は終わり、すべての噴出物は散り散りになって地上へ落ちてゆく。火山はその黒い火の羽毛を失って次第に平和な山となる。

 

9 地上では次第に噴火の有益な面があらわれ始める。やがて地震は止み、火山の噴火は地震にとって通風筒の様なものになる。肥沃な火山泥の上に森林やその他の有益な植物が生長する。薬効のある温泉が掘り出される。

 

〈スサノオの涕泣と暴動の光景〉

 

1 スサノオは海と川を呑んで泣くが、彼の涙は呑んだ水をもとに返さず、洪水を起こしていない。反対に彼の涕泣は激しい旱魃をともなっている。彼のため、川や海はすっかり干上がってしまう。

 

2 スサノオの涕泣で山上の緑樹はしぼんでしまう。

 

3 邪悪な神々は、蠅のように陸続とうごめき、その騒ぎで地上を満たした。様々な不幸が生じた。

 

4 スサノオは光り輝く姉と別れを告げようと決心し、天上へと歩んでゆく。その際、彼の歩みの重さで山河全体が震動する。

 

5 スサノオは天の田畑を損ない、女神の宮殿を汚している。かくして、弟の不作法な振る舞いを憤慨した女神は天の洞窟に身をかくした。全国はあやめも分かぬ闇黒へと沈む。

 

6 闇の中から邪悪な神々がその声をあげ、至る所に様々な不幸が起こった。

 

7 女神は徐々に洞窟から出てくる。

 

8 神々はスサノオをこらしめることを決めた。彼らは、彼の見事なあごひげをむしり取り、両手両足の爪をはぎ、最後にタカマノハラから追放した。

 

9 スサノオは地上に現れて、様々な善行を行う。古事記によると、彼は八頭の蛇を滅ぼしているが、日本書紀によれば、山林を栽培している。この他にもスサノオの神は詩(和歌)を作った最初の詩人であり、また同様に寺院の最初の建立者 でもある。

 

(『火山と日本の神話』所収 ワノフスキー著「火山と太陽」)

 

桃山堂はワノフスキーの本の版元であり、当ブログはその宣伝が目的ですから、こんなことを言うのも妙ですが、スサノオと火山の比較は、よくできているのではないでしょうか。ワノフスキーが自らの古事記論文のタイトルを「火山と太陽」をしたのも、このアマテラスVSスサノオの解釈にもっとも手応えを感じたからだとおもいます。

 

しかし、古事記の研究者で、岩戸隠れ神話の火山説に注目する人はいなかったようです。たとえば、小学館日本古典文学全集「古事記」(校注訳・山口佳紀、神野志隆光、1999年刊)には、こう注釈されています。

 

 天の石屋の話の神話的理解をめぐって、日食神話説と冬至儀礼反映説とが有力である。前者は、話としての展開の諸要素が東南アジアに広く分布する日食神話と一致することを根拠とする。後者は、儀礼的要素に着目して、冬至において太陽の力を更新するために行われた儀礼を核心とする神話とみる。しかし、大事なのは、神話論的にどうみるかではなく、『記』においてこの話のもつ意味である。

 

日食説と冬至説があるが、本質的な問題はアマテラスの不在が混乱と混沌をもたらすることにあるという指摘です。火山説にはまったく触れていません。このほかにも、いくつかの古事記注釈書にあたってみましたが、残念ながら火山説への言及はみつかりませんでした。

 

 

天岩戸神話の天照大神(春斎年昌画、明治20年)

 

 

 

7分で終わる日食に、国をあげて祈る必要があるのか

 

寺田寅彦やワノフスキーが主張した「岩戸隠れ火山説」が、学界はもちろん、一般読書人の支持をあつめることができなかった理由は何でしょう?

 

日食説を主張したなかには、民族学、比較神話学の大家、大林太良がいました。冬至説については、折口信夫の有名な論考があります。いずれも学界の枠を超えた知名度と影響力をもつビッグネームです。

それに対し、寺田寅彦は物理学者、随筆家としては有名であったとしても、古事記神話の専門家ではありません。ワノフスキーは革命家くずれの早稲田大学ロシア語教師で、古事記についてはやはり素人です。古事記研究、神話研究の「プロ」から相手にされなくても致し方ないかもしれません。

 

しかし、それよりももっと大きな原因は、学界の専門家も一般の人も、火山噴火のほんとうのすさまじさ──太陽を隠してしまうほどの巨大な噴火が過去に起き、人類の歴史そのものを変容させている事実を知らなかったからではないでしょうか。

 

ある火山研究者が書いていましたが、火山の噴火がどのようなもので、どのような被害を生じるかということが、日本人共通の知識になったのは、1986年の伊豆大島・三原山の噴火だったそうです。カラーテレビによってリアルタイムで大きな噴火が中継された最初のケースであったからです。主火口でないところにできた割れ目から、巨大な噴水のように火柱を噴き上げる光景が、カラー画像としてテレビで流れ、全島民が島から避難するにいたる状況も実況中継されました。1991年の雲仙で生じた火砕流では、多くの人命が失われました。火山から出る熱い雲のような奔流のすさまじさを、やはりテレビをとおして多くの人は目撃しました。

 

情報技術はまたたくまに進歩し、いまでは、三原山の噴火や雲仙の火砕流を、インターネットをとおして動画で見ることができます。日本は火山列島だといっても、ほとんどの日本人にとって、実感の乏しいものだったはずです。火山学者でありながら、ほんとうの噴火を見ることなく研究生活を終えるという人がふた昔まえの日本にはいたそうです。火山列島のリアルな現実が共有されるようになったのはつい最近のことで、私たちはその最初の世代といえるのではないでしょうか。

 

書店や図書館に並ぶ本、雑誌で、火山と古事記神話のむすびつきが論じられることはまだ珍しいことのようですが、インターネット上ではすこし違った状況が生じているようです。たとえば、ネット百科辞典ウィキペディアには「天岩戸」という項目があって、その解釈として以下の記述があります。

 

天照大神が天岩戸に隠れて世の中が闇になる話は、火山の噴火によって火山灰が空を覆い、太陽の光が届かなくなる現象を表すという説がある[6]。 また、日食を表すという解釈と、冬至を過ぎて弱まった太陽が力を取り戻すことを表すとする解釈がある[7]。日食神話、冬至神話とも世界各地にみられる

 

[6] 記紀の太陽神である天照大神が隠れ、世界が真っ暗になった天岩戸をBC5300年の鬼界カルデラ大噴火の火山灰の雲と考える説がある。一万に一回の大噴火で日本全土はほぼ火山灰に覆われ長期にわたり太陽光が失われた。幸屋降下軽石(K-KyP):体積は約20km3。幸屋火砕流(K-Ky):竹島火砕流とも呼ばれる。体積は約50km3。鬼界アカホヤ火山灰(K-Ah):体積は約100km3。なお天孫降臨の地の高千穂からは鹿児島湾や鬼界カルデラを目視できる。この説では日本の太陽信仰(天照大御神信仰)は鬼界カルデラ大噴火に起因すると考える。

 

ご存じの方がいれば教えてほしいのですが、ウィキペディアには、いつから、岩戸神話の「火山説」が出ているのでしょうか。「日本の太陽信仰(天照大御神信仰)は鬼界カルデラ大噴火に起因する」という驚くべき説は、誰が、どこで書き、あるいは述べていることなのでしょうか。

 

古事記は、スサノオの暴虐に怒ったアマテラスが岩屋に隠れてしまい、高天原も葦原中国も夜が続き、「万(よろず)の妖(わざわ)い、ことごとく、おこりき」としるしています。「常夜」つまり永遠の夜だというのです。まるで世界がそのまま終わってしまうかのように神々は心配して、さまざまな策を講じるのです。

 

このブログはワノフスキーの応援団なのであえて書きますが、日食が、「永遠の夜」の神話を生じるということがありうるでしょうか。日蝕はたしかに珍しい現象でしょうが、月の陰に太陽が完全に隠れてしまう皆既日食の継続時間は最大で七分三十一秒(理論値)で、たいがいの日食は数分で終わるものです。

 

アレ、変だなとおもっているうちに終わってしまうのですから、太陽の復活を祈るタイミングなどありません。実質的な被害はゼロで、国をあげて、神々や人々が祈るほどの問題であるとはおもえません。

 

 

冬至の祭というものは、たしかに世界各地にあるのでしょうが、古代人がどんなにボンヤリとしていたとしても、冬が終われば春が来るという季節の循環は知っていたはずです。それを承知したうえでの年中行事としての冬至祭ならわかりますが、それは神々が勢ぞろいして、太陽の再生のために力と知恵を尽くす「岩戸神話」とは違うのではないでしょうか。

 

そもそも、一部の日本海側のエリアを除けば、日本列島の冬は雨が少なく、クッキリとした輪郭の太陽をおがめる日が多いものです。太陽を永遠に隠してしまう恐るべき力が、日本の冬にあるとはおもえません。

 

クリスマスのお祝いが十二月であるのは、イエス・キリストの誕生日という史実というより、冬至の祭という性格がつよいそうですが、サンタさんの出身は北欧です。太陽の光の乏しい北欧であるからこそ、冬至の祭に対する切実な気持ちがあったのではないでしょうか。

 

 

 

 

「火山の冬」を記録した世界最古の文献──かも?

 

 

寺田寅彦、ワノフスキーにとって追い風なのは、火山の巨大な噴火によって、「火山の冬(volcanic winter)」といわれる地球規模の寒冷化が生じていることが、近年の研究(気象の観測や地質学的な調査)によってわかってきたことです。噴煙が成層圏に達するような超巨大噴火が起きると、大気中を漂う火山性の微粒子は数週間で姿を消しますが、微粒子は二、三年におよんで滞留して太陽光を遮断し、同緯度の広いエリアに平均気温の低下をもたらすというのです。

 

ウィキペディアの「天岩戸」で書かれている七千年まえの「鬼界カルデラ」の噴火は、鹿児島県の南方の沖合で生じた超巨大噴火、いわゆる破局噴火です。九州の南半分を火砕流で破壊し、埋め尽くし、少なからぬ縄文人の命が奪われたことが考古学の研究によって判明しています。このときの火山灰は東北、北海道でも確認されており、日本列島を覆うおそるべき噴火であったことがわかります。 

 

歴史上はっきりしているのは、インドネシアのタンボラ火山の超巨大噴火により、世界的な低温現象が生じたことで、一八一六年は北半球で夏に雪が降った「夏のない年」(year without summer)として記録されています。一七八三年、アイスランドのラキ火山で巨大な噴火が起きたあと、世界各地の農業に深刻な被害が生じ、食糧不足がフランス革命(一七八九年)の誘引となったという見解もあります。江戸時代の飢饉のなかで、最も深刻な事態を招いた天明の飢饉の時期とも重なっています。(『歴史を変えた火山噴火』石弘之)

 

「火山の冬」は近代、近世の社会において、深刻な社会不安をよびおこしています。長期間の太陽光線の遮断は、食糧事情の悪化に直結するからですが、人間社会の基盤が比べものにならないほど脆弱であった古代、さらには縄文時代、旧石器時代においてはより大きなダメージをもたらしたにちがいありません。

 

「火山の冬」は、古事記神話に描かれた「永遠の夜」によく似ています。

 

古事記神話の主要な舞台である日向(九州南部)が火山の王国であることが、このことと無縁であるとはおもえません。

 

鬼界カルデラの超巨大噴火が「火山の冬」を招いたことを実証する研究はまだないようです。しかし、噴火の規模としては、「火山の冬」とむすびつけられているタンボラ火山、ラキ火山の噴火よりもはるかに巨大スケールであり、何年にもおよぶ「火山の冬」が日本列島をつつんだ可能性があります。

 

古事記は「火山の冬」を記録した世界最古の文献かもしれません。 

 

もし、そうであるならば古事記は、紀元前の「火山の冬」という人類的な記憶の保存庫として、世界遺産的価値をもつ──なんてことを書けるのも、インターネット上の気軽さゆえですが、本当にそうなのではという気がしないでもありません。

 

本の宣伝ブログであるのをいいことに、オーバーなことを書きすぎです。文字通りの誇大広告で、失礼しました。 

 (桃山堂)

 

 

 

 

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コメント: 2
  • #1

    もみじ (日曜日, 01 5月 2016 12:45)

    スサノオ様が山の神というのは事実みたいだけどね。
    阿蘇山噴火によって太陽が隠れた説が正しいなら9万年前の話ではないか。のちに2柱の神が噴火によって天岩戸に隠れて噴火の害を逃れたのは本当みたいだけどね。ちなみにこの話は文献には記載されていないが石碑の文字にその旨が書かれている。

  • #2

    桃山堂 (月曜日, 02 5月 2016)

    もみじ様

    コメントありがとうございます。すでにご覧になっているかもしれませんが、天岩戸神社の宮司さんが、阿蘇噴火と古事記神話について面白いことをおっしゃっているので掲載します。

    以下、http://www.pmiyazaki.com/takachiho/amenoiwato.htm よりの引用です。


    「実はこの神社(天岩戸神社)にはユニークな説が伝えられています。
    天岩戸の神話は実際の出来事が元になっているのではないか?
    天照(アマテラス)つまり太陽が隠れた原因は、まちのすぐ北西にある阿蘇山の大噴火によるものだという のです。

    (天岩戸神社宮司 佐藤延生さんのお話)
    これ全部この地方の岩というのはこれは 阿蘇山から流れ出た溶岩でございます。
    ですのでそういう溶岩が、このあたりまで流れ出て来る程の大きな爆発が何回かあって そのひとつが人間と話でずっと伝えられて、で、後々人間の神様が登場してきて人間の神様とこの阿蘇山の爆発が合体して 語られていって日本書紀、古事記の神話の中に 書かれていると」