なぜ、アマテラスが最高神なのか?

ブログ「火山と古事記」②

日本の神々の世界で最も権威と知名度をもっている神さまはアマテラスである。なぜ、アマテラスがいちばん偉いのか? ワノフスキーの古事記論『火山と太陽』を踏まえ、火山神話という仮説から古事記をみると、ひとつの回答が得られる。

  

アマテラスが偉いといわれる二つの理由

溝口睦子氏の『アマテラスの誕生』(岩波新書)の説のように、奈良時代まではタカミムスビのほうが格上だったとか、あるいは、国産みをしたイザナギ・イザナミのほうが偉いはずだとか、日本の神々の世界にピラミッド状の序列などないのだ、という議論があるかもしれませんが、日本の歴史をとおして、最も権威と知名度をもっている神はアマテラスということにして支障はないはずです。

タカミムスビ、アメノミナカヌシを知っている日本人がどれくらいいるのでしょうか。

 

イザナギにしても、アマテラスの実父(?)というわりには軽んじられている印象です。マニアックな議論はさておき、古事記神話の主役ということと国民的知名度を基準に、当ブログでは、アマテラスを日本の神々の世界の「最高神」であるということにさせていただき、話をすすめることにします。

 

アマテラス(天照大神)が最高神である理由については、

  1. 天皇家の先祖神であるから。
  2. 太陽の女神だから。

このふたつが常識的には考えられます。

 

1の説の論理は、

 

日本でいちばん偉いのは天皇である、

だから、天皇家の先祖神であるアマテラスがいちばん偉い神さま

 

という単純にして明快なものです。

 

古事記にかかれた系譜によると、イザナギ-アマテラス-オシホミミ-ニニギ とつづき、ニニギが天孫降臨によって天皇家の始祖となっています。 古代以来の天皇制と明治維新以降の国家神道により、アマテラスが最高神にもちあげられたということになります。

この説の弱点としては、アマテラスが最も格の高い神であったから天皇家の系譜につなげたともいえるので、ニワトリが先かタマゴが先かという話に似たあいまいさがあります。

 

2の説の論理は、

 

日本人の主食は米である、

だから、日本でいちばん大切な産業は米づくりである、

豊作をもたらすには十分な日照時間が欠かせない、

したがって、太陽の女神であるアマテラスがいちばん偉い

 

というものです。

 

弥生時代以来、日本列島の主要産業は稲作であり、昭和時代しかも戦後のある時期まで、地方では県庁所在地の近郊でさえ、水田が広がっていたといいます。稲作文化とからめたアマテラス最高神説が説得力をもっていたことがわかります。

この説の弱点は、実証性に乏しいことで、古代、中世をふくめて、日本の農業社会における太陽信仰は確認されていないそうです。 

 

 

 

 

「世界の終わり」に立ち向かう神々

 

ワノフスキーの著書『火山と太陽』(1955年刊)は、ユニークな「アマテラス論」として読むこともできます。

 

ワノフスキーの理解によると、天上世界におけるスサノオの傍若無人のふるまいは火山活動による噴火や火山性地震のことであり、弟の乱暴に怒ってアマテラスが岩屋に隠れてしまう岩戸神話は、大量の火山灰が空を覆い、太陽の光が失われた状態を暗示しているといいます。現代の科学用語ですが、「火山の冬」的な異常気象ということになります。

 

 さて、ここでわれわれは噴火の光景へと立ち戻ろう。スサノオが「涕泣」した直後には恐ろしい地下の打撃や爆発や、惨酷な地震が始まる……。巨大な煙の柱が天空へ舞い昇る。

「これは、火山が太陽の輝く領域を奪おうとして天上に赴いたのである。火山は非常に巨大で非常に重々しく、それは彼の歩みの重さで大地が震動するほどなのだ」と古代人は考えた。

 煙は天をおおい、その輝く遠方を汚し、太陽そのものを暗くしている。まるで夜になったように暗くなってくる。

「乱暴者は空へ上っていく。それ、太陽の原野を損ない、太陽の輝く旧殿を汚している。そして太陽はこうした醜悪な行為の目撃者になりたくないので、天の洞窟に身をかくしたのだ」と古代の人は考えた。

 噴火が終了する。やがて太陽が再び輝きだす。そこで古代人はこの光の出現を喜んで、太陽が火山に勝ち、火山を地上へ追い落としたのだと決めてしまう。(中略) 

 

 スサノオの涕泣の根底にある噴火のモチーフは、彼の暴動と地上への落下の中に、完全な発展を示していると思う。涕泣、暴動、落下、善行──これらすべては統一された火山の糸で結びつけられており、これらのすべては最後の善行を除いて、火山と太陽の闘争の壮大な叙事詩の諸段階なのである。

        (『火山と日本の神話』所収ワノフスキー著「火山と太陽」より)

  

1955年、元々社刊『火山と太陽』、その五年後、英語版"Volcanoes and the Sun"が発売されている。

 

アマテラスがいなくなった世界を「永遠の夜」が覆い尽くし、いくつもの災いごとが起きたと古事記はしるしています。知恵のある神、力持ちの神、踊り巫女のような神が集まり、策を講じます。

 

スサノオのすさまじい暴力、アマテラスの消失、暗黒と混乱──。不思議なほどの緊張感をみなぎらせつつ、古事記の岩戸神話は物語られてゆきます。古事記神話の最大の見せ場、クライマックスといわれるゆえんです。

 

ワノフスキーの描くアマテラスは、火山によって傷つき、世界を照らす力を奪われ、その姿さえ、見えなくなってしまったものの、最終的には、火山との戦いに勝利する女神です。

 

アニメやハリウッド映画ではおなじみの設定ですが、迫り来る「世界の終わり」、それを阻止しようと運命に立ち向かう人々、そして最終的な勝利──。そうした神話的な構造が、ワノフスキー的アマテラス像からは浮き上がってきます。

 

岩戸神話の解釈については、 日食説、冬至説がよく知られていますが、前回の当ブログで書いたように、古事記神話のクライマックスにむすびつくような、人々が懸命に祈るほどの切迫した状況が日食、冬至においてあったとはおもえません。皆既日食は最長でも七分三十秒ほどなのですから、そもそも祈る時間もないうちに終わってしまう現象であり、実質的な被害はゼロです。

 

一方、火山については、「世界の終わり」ともいえるすさまじい巨大噴火が七万年ほどまえ、インドネシア・スマトラ島のトバ火山で起きています。この噴火によって、長期間の気温低下(一説によると六千年!)が生じ、私たちの直接の先祖である人類は人口が減少し、(一説によると、世界人口一万人!)絶滅に瀕したというのです。文字通り、迫り来る「世界の終わり」に直面したのです。(この学説がほんとうならば)

 

『歴史を変えた火山噴火』(石弘之)など「火山の冬」や気象の長期変動にかんする本にはよく出ているトピックスですが、『人類20万年 遙かなる旅路』 (アリス・ロバーツ 著/野中香方子 訳)でも話題にされています。

 

トバ・カタストロフ理論(Toba catastrophe theory)、トバ事変(Toba event)という用語があるそうですが、当ブログ筆者には、これがどの程度、学界で認知されているものかよくわかりません。現在の人類が個体数のわりには個体差が小さいのは、トバ火山のあとの人口激減に原因があるという説もあるそうです。

 

現時点の考古学的な知見によると、七万年まえの日本列島に、人類が暮らしていた明確な証拠はありません。七万年まえの巨大噴火が、神話的な記憶として保存されている可能性はなくはないのかもしれませんが、アマテラス神話にむすびつけるのは無理があるようです。

 

 

トバ火山は巨大噴火のあと、巨大なカルデラを形成した。現在はトバ湖として景勝の地となっている。写真は、www.thegoatseries.comに掲載の史上最大の火山噴火ベスト10の記事より。トバ火山は第一位。

 

 

 

日本列島史上、最大の〝事件〟

トバ火山の噴火は、この十万年のうち、最大の火山噴火であるそうです。そこまでの規模はないものの、トバ火山に近い巨大な噴火が日本列島では一万年に一回くらいのきわめて小さな頻度ですが、繰り返し発生しています。

 

私たちが目撃している通常の火山噴火とは、そのメカニズムも規模も異なることから、超巨大噴火、破局噴火という用語で区分けされています。英語では、super eruption とか supervolcanic eruptionという言葉をみます。こうした噴火は巨大な陥没地形すなわちカルデラを生じることからカルデラ噴火とも呼ばれています。

 

日本列島における超巨大噴火をめぐる議論は、石黒耀氏の小説『死都日本』をきっかけに盛んになって、科学雑誌でも何回か特集されているので、わりと簡単にまとまった情報を入手することができます。(岩波書店の雑誌『科学』2014年2月号、有名な科学雑誌『ニュートン』2016年2月号など)

 

日本列島における最大の火山噴火は、九万年ほどまえ、阿蘇で起きたものだそうです。九州の半分を火砕流で埋め尽くし、日本列島のほぼ全域に火山灰の痕跡を残しています。 阿蘇では、これをふくめて四回の supervolcanic eruption が発生し、今日のカルデラ地形を形成しています。

 

三万年ほどまえ、鹿児島湾あたりを火口とする巨大噴火があり、やはり、九州の南半分を火砕流で埋め尽くしています。シラス台地はその痕跡です。姶良カルデラといいますが、阿蘇のようにカルデラ地形があるわけではなく、鹿児島湾の一部がそのカルデラであるそうです。

 

七千年ほどまえ、鹿児島の沖合を火口として超巨大噴火が発生しています。鬼界カルデラの噴火

と呼ばれるもので、このクラスの噴火はその後、日本列島では生じていません。

 

ウィキペディアの英語版で"5th millennium BC"(紀元前五千年紀)のページをみてみると、この千年における十三のEvemts(できごと、事件)が説明されていますが、鬼界カルデラの噴火があげられています。

 

4350 BC:  Kikai Caldera forms in a massive VEI 7 eruption

 

VEI(volcanic explosivity index)とは火山の噴火規模を示す指数で、八段階評価の最高ランクVEI 8は、先にあげたスマトラ島トバ火山、アメリカのイエローストーンでの空前絶後の巨大噴火などごくわずかです。

 

噴火の発生した時期を、紀元前四三五〇年としています。この細かい数字がどれくらい信用できるかどうかはともかく、妙に生々しいです。歴史的な事実ということを再認識させられます。

 

ウィキペディアの本家である英語版で、紀元前五千年紀の重大ニュースにあげられているから、どうだという話でもないですが、鬼界カルデラの噴火は世界史においても特筆される事件なのです。

  

 日本列島における人々の暮らしの痕跡がはっきりしているのは三万年ほどまえからといいます。旧石器時代の人たちが暮らしており、三万年ほどまえ、鹿児島湾で生じた姶良カルデラの巨大噴火に遭遇した可能性があります。鬼界カルデラよりも、噴火そのもののスケールや被害範囲はこちらのほうが大きいようです。

 

しかし、旧石器時代の日本列島については、情報が少なく、私たちの直接の先祖という感情移入が難しいところがあります。私たちが日本列島の歴史のはじまりというイメージをもちうるのは、おそらく一万数千年まえからの縄文時代以降ではないでしょうか。縄文時代の人たちは血縁のうえでも文化のうえでも明らかに私たちの直系の先祖です。

 

ということで安易ですが、縄文時代のはじまりをもって、日本列島史のはじまりとします。

そして、日本列島史の重大事件をリストアップしてゆくと、その最大の事件の有力候補として、鬼界カルデラの巨大噴火をあげないわけにはいかないことが明らかです。

 

関ヶ原の戦い、東日本大震災、広島、長崎への原爆投下、などなど、重大事件の候補はありますが、被害の大きさ、影響した地域の広さ、期間をかんがえると、鬼界カルデラ噴火の大きさが痛感されます。

  

鬼界カルデラの噴火は海で生じたが、火砕流は鹿児島県に達し、火山灰は東北にまで達している。

写真右上は、NHK「そなえる防災」サイトより。

写真左上は、海上保安庁「海上保安レポート2009年」より。

写真下は硫黄島にのこる七千年まえの巨大噴火の痕跡。「三島村鬼界カルデラジオパーク」サイトより。

 

 

アマテラスの伝言

 

天孫降臨神話のある鹿児島県霧島市には、日本列島で最初の定住集落ではないかと話題になった上野原遺跡があります。九州南部は、縄文文化の繁栄地のひとつでしたが、この噴火によって、現在の鹿児島県にいた縄文人の多くが火砕流に飲み込まれて死亡したといいます。今日であれば、県がまるごと消滅するような災害です。しかも、火砕流はいつまでも高温を保ち、ふたたび、人が住めるようになるまで、数百年、もしかすると、千年近くかかったともいわれています。

 

復旧に千年! 

 

火山灰は日本列島のほぼ全域の降っています。このころ、栽培がはじまっていたという説もあるので、農業的な被害もあったかもしれないし、狩猟採取における被害は確実にあったはずです。というのも、長期間におよんで、気温の低下をもたらす「火山の冬」が発生した可能性があるからで、縄文人が食糧にしていた野生の動物、植物に異変があったと考えられるからです。

 

ウィキペデア英語版の「紀元前五千年紀」には、この千年における主要な発明・発見として、 

 

  • 米の栽培
  • ビール醸造
  • 車輪の開発
  • 原初的な文字の使用

が列挙されています。 これをみると、現在の私たちの暮らしに直接むすびつく人々の営みがあったことがわかります。縄文人というと、ひげもじゃの原始人が獣を追いかけて、ドングリばかり食べていたというイメージが残っていますが、現実には、私たちの時間と地続きのところにいた人たちです。

 

九州南部にいた人たちの暮らしは、地球史レベルの巨大噴火によって、瞬時のうちに失われました。

 

噴煙の柱は上空四十三キロに達したという研究報告があります。成層圏の上面付近、もはや宇宙に迫ろうという領域です。多くの人がそれを目撃したはずです。

 

巨大な噴煙は自らの重さに耐えられず、倒壊します。それが奔流となったものが火砕流です。

 

火砕流に飲み込まれて、多くの人が命を奪われたはずですが、火砕流はどの時点かで止まります。それを目撃した人も必ずいます。

 

縄文時代の人たちは文字こそ、使っていませんが、言葉をもっていました。現代日本語とのつながりは不明確ですが、その源流であることは確実です。

 

その言葉によって、日本列島で最大の歴史的〝事件〟を語り、伝えようとしたことはまちがいないとおもいます。それが古事記のなかに残っているという確証はないとしても、その可能性について、仮説的な検討をすることは許されるはずです。

 

長期間におよぶ「火山の冬」によって、食糧となる植物は育たず、動物や鳥たちも姿を消したかもしれません。

 

火山の巨大噴火によって弱った太陽の光は、季節がめぐり、年がかわっても、その力を回復させることができない。

 

人々は祈るしかなかったはずです。

 

古事記はこうしるします。

 

──高天原の全域は暗くなり、葦原中国はことごとく闇におおわれた。永遠に暗闇がつづく「常夜」となった。多くの神々はうろたえ騒ぎ、あらゆる災いごとが生じた。(爾、高天原皆暗、葦原中国悉闇。因此而常夜往。於是万神之声者、狹蝿那須満、万妖悉発)

 

ワノフスキーはこの騒乱と混沌を、火山噴火の視点から考えました。

 

爆発と地震が始まる。煙、灰その他の噴出物の、巨大な柱が天上高く舞い上がる。煙の渦巻きと大量の灰が明るい空を汚し、太陽の光を曇らせる。(中略)昼が夜のようになる。(中略)全国はあやめも分かぬ闇黒へと沈む。闇の中から邪悪な神々がその声をあげ、至る所に様々な不幸が起こった。

(ワノフスキー著『火山と太陽』)

 

 

ここで、最初の設問に戻る必要があります。

 

なぜ、アマテラスは日本列島の「最高神」なのか。

 

ワノフスキーの『火山と太陽』に導かれて古事記を読むと、ひとつの結論に至ります。

 

アマテラスが最高神であるのは、その神話が、日本列島史上、最大の歴史的事件(かもしれない)鬼界カルデラ噴火に由来するからではないか、ということです。

 

(鬼界カルデラとアマテラス神話をむすびつける説は、ワノフスキーが言っているのではなく、当ブログの筆者の思い付きでもありません。ネット上で見かける言説ですが、誰が言い出したのか未確認です)

 

アマテラスは、ルーティンワークのように日々、輝きを放つだけの太陽神ではない。

まして、単なる天皇家の先祖神ではない。

 

稲作農業の伝来よりも、天皇家の歴史よりも、はるかに遠い記憶をもつ、日本列島の守り神のような存在としてのアマテラスが、ワノフスキーの古事記論では考えられています。

 

もし、それが正しいのならば、アマテラスには、日本列島史上、最大の歴史的事件の記憶を伝える役割をたくされた神ということになります。

  

岩戸神話は、アマテラスからの伝言なのかもしれません。

 (桃山堂)