黄泉の国は温泉地獄?

古事記にえがかれている黄泉(よみ)の国は、火山の神話とかんけいするのではないかと、ワノフスキーは考えている。もし、それが正しいとすれば、黄泉の国のイメージは、箱根、雲仙、別府など温泉地の「地獄」と重なり、黄泉の国の「黄」は、硫黄の「黄」である可能性が生じる。

 

 

黄泉の国の「黄」は硫黄の「黄」なのか

 

 

黄泉(よみ)の国は、死んだイザナミが赴いた世界。

 

地下のようですが、はっきりとは書かれていません。

 

死後の世界のようですが、古事記をみるかぎり、死んだ人間がそこに行くのかどうか不明です。

 

その世界の構造もはっきりしないのですが、風景の基調は、黄色ではないかという気がします。

 

黄色い泉なら、箱根にもあります。

 

その名も、硫黄地獄。 

 

 

グーグルマップを頼りに箱根の「硫黄地獄」を訪ねたものの、看板らしきものもなく、ここかどうかは不確かながら、ここはお湯のわく泉で、すごい硫黄臭が漂う。温度の計測器が設置されており、八四・一度だった。硫黄かどうか、黄色い石も多い。バス停・芦の湯から徒歩四十分。

 

 

箱根観光のメインスポットである大涌谷も、かつては「地獄谷」とよばれていたものの、明治天皇の行幸のとき、天皇を地獄に招くわけにはいかないということから、大涌谷の地名を採用したという説明をみます。

 

 

 

 

 

 

古墳の石室、それとも、火山の地下帝国

 

 

 

火の神カグツチを産んだあと、絶命したイザナギが赴いたところを、古事記は黄泉(よみ)の国とかいています。その妻をとりもどすべく、黄泉の国に行ったイザナギの冒険譚は古事記でも最も有名なエピソードのひとつです。

 

ところで、黄泉(よみ)の国(「ヨモツクニ」と読まれることも)とは、いかなる場所なのでしょう?

 

岩波古語辞典には、

 

「よみ【黄泉】 死者のゆく所。地下の世界。あの世。よみのくに」

 

という注釈とともに、「ヤミ(闇)の母音交替形か」という説が紹介されています。

 

国史大辞典には、

 

「黄は中国では土の色とされ、黄泉の語源は地下の泉であった」

 

という説明があります。

 

イザナギがイザナミの死体を目撃するという場面が古事記にあるため、古墳の横穴式石室の侵入した体験がベースとなって、この神話ができたという説もあります。(大阪府立近つ飛鳥博物館図録『横穴式石室誕生 黄泉の国成立』ほか)

 

黄泉の国の観念が、古墳時代にできたのかどうかわかりませんが、仏教が日本人の暮らしに定着するまえの、死後世界のイメージを反映しているのは確かです。

 

しかし、古事記を読んでも、黄泉の国の輪郭はぼんやりとしており、諸説が紛々とすることになります。

 

ワノフスキーは『火山と太陽』において、こう書いています。

 

ヨミの国とは、火山の神々が自己の顔をかくす時に、彼等が逃れて行ったある死火山の地下の領域のどこかではないだろうか? そしてネノカタスの国も同じ火山的領域に関係があるのではないだろうか。

 

ヨミの国は原始的な国であり、地下の国であり、闇黒と永遠に覚めることのない夜の国である。死はこの国へ女神イザナミを導き、そしてその時に死の国となったのである。

 

古事記のストーリーのうえでは、イザナミは、黄泉の国の支配者となったようで、その別名が「黄泉つ大神」と記されています。

 

ワノフスキーの見解に従えば、そこは、火山的地下世界、すなわち、火山の噴火口の奥深く──というようなイメージになりそうです。

 

 

温泉と地獄

 

 

イザナミの住む黄泉の国と火山をむすびつけるワノフスキーの議論は、突飛なものにみえますが、そうとばかりは言えないのは、日本各地にある火山の噴気地帯には、少なからず、「地獄」とよばれる場所があるからです。

  

 

エリアの噴気スポットは、「◯◯地獄」という看板をかかげて観光利用されています。

 

 

大分県の別府温泉には、入場料金の必要な「地獄」が八か所あり、共通パスが二一〇〇円です。血の池地獄などおそろしげな地獄に、お金を払って喜んで行くのは、変といえば変な話ですが、大分県を代表する観光地です。

 

ずいぶん俗化されてはいますが、時宗の開祖一遍上人とかかわる由緒もあり、「地獄」には鳥居があったり、石仏があったりと、信仰と隣接していることをうかがわせます。

 

火山のほうからいえば、別府温泉は、鶴見岳・伽藍岳の火山に連動するもので、「地獄」の噴気は火山エネルギーにほかなりません。